宇都宮地方裁判所 昭和60年(人)1号 判決 1985年3月08日
請求者兼被拘束者
甲野太郎
右代理人弁護士
戸塚悦朗
内藤隆
永野貫太郎
ほか一八名
拘束者
右病院院長
平畑富次郎
主文
被拘束者甲野太郎を釈放する。
本件手続費用は拘束者の負担とする。
事実
第一 当事者の申立
一 請求者
主文と同旨
二 拘束者
1 請求者の請求を棄却する。
2 被拘束者甲野太郎を拘束者に引き渡す。
第二 当事者の主張
一請求者の主張
1請求者兼被拘束者(以下「請求者」という。)は、昭和五五年一二月六日知人から強引に説得され、「精神障害者」として強制的に拘束者の管理する医療法人報徳会(社団)宇都宮病院(以下「宇都宮病院」という。)に入院させられ、同日以後同病院西一病棟(閉鎖病棟)に収容され、その後開放病棟に移されたが、構外への外出は許されず、現在まで拘束されているものである。
2(一) 請求者は、入院に際し保護義務者の適法な同意がないまま前記病院に収容されたもので、右入院は精神衛生法三三条に違反し、不法な拘束である。
(二) 宇都宮病院では、千名近い入院患者に対し、常勤医師二名しかいないという状態であるばかりか、看護職員等による虐待が日常化してリンチによる死亡事件も発生しているほどであり、一人数秒宛の面接を「精神療法」と、また、実質的な強制労働を「作業療法」などと称し、その上患者に医療行為をさせるなどの違法行為も行われ、医療は存せず、入院患者は治療なき拘束というべき状態におかれている。
(三) 宇都宮病院における右の如き入院患者に対する取扱いは残虐な非人道的もしくは品位を傷つけるものであつて、人権に関する世界宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約及び憲法一三条に反し、特別公務員暴行陵虐罪(刑法一九五条二項)にも該当する強度の違法性をもつものである。
(四) 宇都宮病院の入院患者には、通信面会の自由や弁護人選任権が認められていないし、そもそも、保護義務者の同意さえあれば第三者の医師による鑑定なしに拘束され、あるいは拘禁の合法性を争う手続が存しない我が国の精神衛生法は前記国際規約に違反するものである。
3請求者は、昭和五九年四月ころ拘束者に対し、退院させて欲しい旨を伝えたところ、拘束者から、入院による医療及び保護の必要はない状態であるとの回答を得ている。また、同年七月三一日には栃木県知事の実地審査における精神衛生鑑定医の診察により、継続入院不要、要通院との診断がなされた。しかるに、拘束者は、請求者を現実に退院させていない。
4よつて、請求者は、拘束者に対し、人身保護法二条、人身保護規則四条により、請求者の釈放を求める。
二拘束者の認否及び主張
1(一) 請求者の主張1の事実のうち、請求者が昭和五五年一二月六日「精神障害者」として拘束者の管理する宇都宮病院に収容され現在に至つていることは認める。
(二) 同2(一)の事実は否認する。同2(二)ないし(四)の主張は争う。
(三) 同3の事実は認める。
2(一) 請求者が、宇都宮病院に入院したのは三度目であり、拘束者は、最初の入院の際には、入院した日である昭和四四年八月一日付で、保護義務者甲野花子(請求者の実母)の同意書による同意を得ているが、二度目と昭和五五年一二月六日からの今回の各入院の際には、最初の入院時の右同意書があるので、新たに同意書を取ることなく、同意があつたものとして収容しているものである。
(二) 請求者の病名は躁うつ病である。拘束者が請求者を最後に診断したのは昭和五九年八月六日であり、そのときは入院の必要はなく、通院治療で十分であるという所見で、その後病状に特に変化はない。
(三) 昭和五九年七月三一日に、精神衛生法三七条による栃木県知事の実地審査における精神衛生鑑定医の診察を受け、その結果、請求者につき継続入院不要、要通院の通知を受けた。
(四) 拘束者は、請求者が、右のとおり栃木県知事の実地審査の結果、入院不要であるとの通知を受けているので、請求者をいつでも退院させることができるように用意しているが、保護義務者である甲野一郎(被拘束者の実兄)に連絡しても全く音沙汰がなく、引き取りに来てくれないので、退院させることができない。
第三証拠関係<省略>
理由
一拘束者が昭和五五年一二月六日以降請求者甲野太郎を拘束者肩書住所地所在宇都宮病院に入院させて同人を拘束していること、拘束者は請求者の病状につき、入院による医療及び保護の必要はない状態にあると判断していること、昭和五九年七月三一日に栃木県知事の実地審査における精神衛生鑑定医の診察による継続入院不要、要通院との診断がなされたこと、以上の事実については当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、請求者が躁うつ病であり、現在は多少うつ状態にあるが、その診療は通院によるそれで十分であること、請求者は宇都宮病院に過去三回入院しており、第一回目は昭和四四年八月一日から昭和四五年六月六日まで、第二回目は昭和五二年七月一日から昭和五五年七月二日まで、第三回目は同年一二月六日から今日に至るまでであり、最初の入院時である昭和四四年八月一日には拘束者において当時の保護義務者甲野花子(請求者の実母)の同意書による同意を得ているが、その後の入院には右保護義務者の同意書が拘束者の手許にはないこと及びその後右甲野花子が死亡し、現在請求者の兄と姉とがいるが、請求者を引き取る意思が全くないことが認められる。以上の認定事実によれば、拘束者は、躁うつ病である請求者が昭和四四年八月一日に入院する際には、保護義務者の同意書による同意を得ていたが、昭和五五年一二月六日からの入院については保護義務者による同意を得ていたとはいいがたい。また、前認定のとおり、第一回目の退院から第二回目の入院時まで七年間もの日子の経過があることに照らしても、昭和四四年八月一日の最初の入院についてなされた保護義務者の同意をもつて、昭和五五年一二月六日の入院についての同意とみることも到底できない。更に、全証拠をもつてしても、右入院の際請求者が真正の意思をもつて同意をしたと認めることもできない。以上によれば、本件拘束は、精神衛生法三三条に明らかに違反し、法令の定める方式もしくは手続に著しく違反していることが顕著である。その上、前記当事者間に争いのない事実及び右認定の事実によれば、拘束者自身被拘束者の現在の症状は入院の必要はなく、多少うつ状態にあるが、通院治療で十分であると診断しており、昭和五九年七月三一日の栃木県知事の前記実地審査においても、継続入院不要、要通院の診断がなされているのであるから、明らかに継続入院の必要はないのに拘束されていると認められ、この点からしてもその拘束は法令の定める方式もしくは手続に著しく違反していることが顕著であるというべきである(なお、請求者は、治療なき拘禁の違法性、暴力等違法行為の日常化した拘束の違法性、通信面会の自由及び弁護人依頼権の剥奪された拘束の違法性等をも主張しているが、人身保護法による救済は、拘束中の処遇の内容の当否に関するものではないから、右主張はいずれもそれ自体理由がない。)。
二よつて、請求者の拘束者に対する本件人身保護請求は理由があるからこれを認容し、人身保護法一六条三項、一七条、人身保護規則三七条、四六条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(菅本宣太郎 山田公一 酒井正史)